立花隆・利根川進 著「精神と物質」は、実験を突き詰める研究者にとってのバイブルかもしれない。

「精神と物質」を読んだきっかけ

正式なタイトルは「分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか 精神と物質」です。

 

この本は、大学入りたての頃、気がついたら本棚に置いてありました。

私がなぜこの本を買ったのかは思い出せません。私はだいたい新しめの本が好きなのだが、この本の発行は1993年です。立花隆氏のファンということもなかったです。きっと、4月病の時期に、大学の書籍部で教科書を買うついでにノリで選んだのだろうと思われます。笑

研究に対する考え方に共感と自信

数年間は本棚の肥やしになっていた本でしたが、

研究室生活が始まり、実験に取り組むようになって2~3年経った頃、何気なく読んで衝撃を受けました。

 

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のめりこむように一気読みしました。

 

当時の僕が抱きつつあった、「研究の世界はこんな感じなのかな」という感覚が、この本の中でいくつも明記されていたからです。

利根川先生に共感しただけでなく、研究に対する自分の哲学が、先生によってサポートされたような気分になり、大いに自信を得ました。

そして、その哲学は、現在に至ることまで否定されることはなかったです。

 

私の専門は分子生物学とはやや離れており、具体的な内容では関連性は低いのですが、

実験を繰り返すことで仮設を検証し、新たな知見を得たり、新奇なコンセプトを実証したりするという点では、大いに共通しています。

 

こういう訳で、老婆心ではあるが、分野に関わらず実験系の研究を取り組んでいる人や、これから始めようとしている人に、ぜひ読んでほしいと思っています。

僕が共感した内容を、いくつか簡単に紹介します。(斜体は本文からの引用

 

何をやるかより、何をやらないかが大切だ(第3章)

実験を始めると、やりたいことはゴマンと出てきます。

「○○と☓☓を交換したらどうか」、

「△△という試薬を試したらどうか」、

「□□の論文のメソッドを真似したらどうか」、

というような発想です。

1つの実験をやるたびに浮かぶ発想の数は1つや2つじゃ済まないですよね。

 

しかし時間は限られています。

思いつくままに実験していると、気が付いたら何も結論を得られないまま何ヶ月も経過していた、ということになります。(私自身、何回もやらかしてきました)

 

このような失敗を回避するためには、本来の目的を重視し、それぞれの実験に優先順位を与えて、計画を立てるというのが大事だと思います。

シンプルなことですが、これを実行し続けるのは、とても気を使います。

 

頭がよすぎるといいサイエンティストになれない(第3,4章)

ここで言う頭がよいとは、記憶力が優れていることや、論理能力に秀でているといった意味です。

人間の脳の容量は決まっており、記憶力が高い人は、サイエンティストにとって重要なひらめきの能力に欠ける、という主張(?)が文中では紹介されています。

 

もちろん、記憶力があってはならないという意味ではないですし、

研究する上で、「先人の失敗と同じ轍を踏んでいないか」だとか、「この実験に安全上のリスクはないか」だとかいう諸々の判断をする上で、記憶力や論理力は非常に大事だと私は思います。

また、基本原理を無視した自然現象は起こらず、したがって基本原理を無視した研究が成功することも当然ないので、教科書に書かれているような基本原理を理解し記憶する能力も、研究者には不可欠だと思っています。

 

それでもやはり、

研究の最先端では、人類がこれまで経験していないことを扱っているのですから、

これまでの常識に囚われない自由な発想(ひらめき)が、新たな発見のために重要だということに疑いはないです。

私自身、専門分野における常識を十分に承知してなかったがために、逆に自由な思考をすることができ、

そうして得られたひらめきに助けられたということが、何回もあります。

 

(研究発表に際し)みんな知りたがっていることを、自分だけが知っていて、それをみんなに聞かせてやるんだという心の余裕・得意の気持(第6章)

学会での発表、特に口頭発表は、日本語・英語に関わらず、とても神経を擦り減らすイベントです。

発表スライド作りでは、分かりやすさを保ちながら、論理的に相手を説得できるような資料を、PowerPointのテクニックを駆使しながら作り込まなければなりません。

発表直前まで、話す練習を一人でブツブツと繰り返す。持ち時間に収めることはもちろん、聴く側がちゃんと理解できるよう配慮してスピーチしならなければならないからです。

加えて、想定される質疑応答への対策も必要です。

 

苦労は多いですが、自分の成果を聴衆に伝えることの気持ちよさは、ここでしか味わえません。

私がこれまで経験した研究成果は、あまりインパクトがあるものではなかったですが、それでも研究発表するといつも様々な反響が得られ、自分なりに感動します。

余談

他にも、仮説の立て方や実験結果の解釈の重要性などといった話題にも触れており、

「実験に臨むための心構え」みたいな意味で、様々な点で参考になります。

 

ちなみに、タイトルの通り、この本のもう一つの(というかメインの)テーマは、『生物の仕組みとは何か』です。

このテーマについて扱った、最近(と言っても、もう10年以上も前!)の本に、福岡伸一氏の著書「生物と無生物のあいだ」が有名ですね。

分子生物学はもちろん、熱力学の観点からの考察も加えられていて、多角的に考えることができます。生物の根本的な仕組みに関心がある方には、この本もおすすめしたいです。

…とリンクを貼ろうと思って検索したら、新しい本が出版されていたのを知りました。10年間でどれほど議論が深まったのか興味深いので、読んでみようと思います。