ガチガチの研究者が考察する「人を動かす」と「奴隷のしつけ方」

はじめに

前回の「組織行動とマネジメント」に引き続き、ビジネス現場における対人関係がテーマの有名な一冊を考察します。

非常に有名な本なので、わざわざ記事にするのは気が引けるくらいです。

文庫版を一通り読み終えましたが、名著と言われるだけあって、メッセージはシンプルで分かりやすく、スラスラと読むことができました。

また、各メッセージごとに具体的で面白いエピソードが紹介され、各メッセージの主張を裏付けているので、内容にとても説得力があります。

 

研究活動での「人を動かす」実践例を想像してみた

研究活動は個人プレー、とよく言われますが、先輩から後輩に指導したり、内外の人とチームを作って共同研究したりと、協働する場面も多いです。

そのような場面で互いに(あるいは一方的に)余計なストレスを与えたことが原因で、種々の人間関係トラブルに発展したり、挙句の果てに鬱病で研究室を辞めたり、という話を、私は学生時代にしばしば目の当たりにしたり、人づてに聞いたりしてきました。

 

「人を動かす」に記されている内容は、人間関係トラブルを回避するのはもちろん、共同作業を円滑に気持ち良く進めていけるに違いないと思い、

私個人の勝手な解釈で、「人を動かす」の内容を、研究室でしばしば発生する状況に落とし込んで、実践例を想定してみました。

 

相手の研究テーマの重要性を伝える(人を動かす三原則ー2)

想定場面:指導している後輩がサボりがち。

よく耳にするのは、「今のままじゃ卒業できないぞ」と脅しに近い話をする対応です。しかし、脅しで人を動かしても、当然嫌な気持ちになりますし、嫌な跳ね返りとなって自分に戻ってくるものです。

本書によると、人間は「自分が重要人物たらんとする欲求」を強く持っているそうです。これを満たすよう、その人の研究テーマが研究室・研究分野全体にとっていかに重要で、また、本人がその仕事の中心人物であるか、ということを直接伝えるのが有効だと言えます。実験結果を持ってくる度に、素直な賞賛を何度も伝えることで、自発的に打ち込むようになるはずです。

 

研究相談では、まず聞き手に回り、相手の関心のありかを考える(人に好かれる六原則ー4,5)

想定場面:課題に対する打ち手に困っている同期から相談を受けた。

私がよくやってしまうのは、話の途中で「あ、これはこういうパターンの課題だな」と自分の知識や経験から勝手に想像し、相手が話し終わる前に、自分が思いついた解決策をベラベラと喋ってしまうことです…。

その想像が当たっていれば相手もストレスは感じないでしょうが、外れていれば相手はイライラしますし、

そもそも相談しに来るのは、モヤモヤ抱え込んでいる悩みや懸念点を聞いてほしい、あるいは話すことで自分でも整理したい、という気持ちがあることも多いです。

そういう時は、口を挟みたくなってもグッとこらえて聞き手に徹し、

相手が何に懸念を抱えているのか、どんな解決策に関心があるのか、というようなことをしっかりと聞き出すよう心がけることで、より信頼される人になるのではないでしょうか。

 

相手の誤りは相手に悟らせる。自分の意見を押し付けるのではなく、相手に思いつかせる(人を説得する十二原則ー2,7)

想定場面:相手が考察を誤っている。

これも私はよくやらかしてしまうのですが、「それは間違っている!正しくは○○だ」と全力で論破にかかってしまいます。

元々研究者は持論を戦わせるトレーニングを多く積んでいるので、自分と異なる意見を持つ相手に真っ向から対決するのは、自然の流れと言えなくもないでしょう。

しかし、本書的には、この対応には改善の余地があります。人は他人から押し付けられた考えよりも、自分で思いついた考えを大事にする気持ちがあるそうです。

なので、遠回りにサジェストすることで、相手に考えの是正を促すのがベターと言えます。

 

研究の議論に当てはめれば、

誤った考えを持った相手に対して「その考えは△△の理論と一致するだろうか」と言ったり、

あまり良くない実験方法を計画している相手にたいして、「□□の手法を応用した、より精度の高い実験方法はないだろうか」と言ったりして、

相手自身に考えさせることで、よりスムーズに相手を説得できるはずです。

(実行するにはかなりのスキルや知識を求められるメソッドですが...)

 

自分の失敗談を話す(人を説得する九原則ー3)

想定場面:後輩が不適切な実験操作をしている。

単純な対応としては、「☓☓のおそれがあるから○○するな」と注意することですが、それだけでは反感を買いかねないしです、自分から隠れたところで相変わらず同じ操作をし続ける、なんて状況になってしまいます。

より有効と期待されるのは。「僕も最初そうやっていたよ。でもある時それで装置を壊しちゃってね...」と自身の失敗談を話すことです。

自身の失敗談を話すことで、説得力が出るのはもちろん、相手に親近感を与えやすくなるそうです。

(あんまり言い過ぎても「なんだこのクドい先輩は...」なんて思われてしまいそうですが)

 

この対応は、年が離れているほど有効だと思います。

学部生だった頃、博士課程やポスドクの先輩は、実験の手際が超人的に良かったり、膨大な知識を持っていたりして、親近感は全く感じられませんでした。

自分の未熟さで彼らの不興を買わないよう、いつもビクビクしていたのは、自分だけではないと思います。

 

逆に、先輩側の立場にいる人にとって大事なのは、自分が新人だった頃(若かった頃)どのくらいヘマをしていたかを思い出し、謙虚な姿勢でいるということだと思います。

 

解説書「齋藤孝が読む カーネギー『人を動かす』」もオススメ

齋藤孝先生執筆の、本書の解説型の一冊も読んでみました。

オリジナルの内容をほとんど漏らさず取り上げており、また本文中のエピソードも忠実に紹介しています。

一方で、より現代的な考え方や言葉遣いを使った、丁寧な解説が付け加えられています。

翻訳本特有の、直訳した感じが苦手な人にとっては、こちらの解説本が読みやすいと思いました。

まとめ

本書に記されている37の原則の内、ほんの一部しか紹介しませんでしたが、他にも「なるほど!」と思わせるメッセージがたくさん説かれています。

問題は、言うは易く行うは難しということで、いきなり全てを実践するのはめちゃくちゃ難しいと痛感しています。

少しずつ実践していけるようになりたいです。

逆説的な一冊「奴隷のしつけ方」も一緒に読むと面白い

これは完全な余談ですが、「奴隷のしつけ方」という本があります。

「人を動かす」は同じ立場の相手、または目上の相手とのコミュニケーションに役立つ考え方が記されていますが、

「奴隷のしつけ方」では、自分が支配する側の立場として、奴隷を効率的に扱うためのノウハウが数多く紹介されています。

悪用厳禁!と言いたいところですが、現代社会でも似たような状況を数多く目にするので、複雑な気持ちになりました。

 

また、自由な社会に生まれたことへの感謝の気持ちが湧いてきました。笑

 

古代ローマの貴族によるエッセイで、ブラックユーモアが溢れてくる一冊です。

ネタバレになってしまうので詳しくは書きませんが、あとがきを読むと「ああ、そういうことか」と納得できます。

ふざけた本ではなく、結構真面目な目的で書かれた一冊である、という点だけお伝えしたいです。

 

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